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爪で気づく

鯖柄父です。
時間がかなりたち、お盆の頃となりました。

ただの親ばかなのかもしれませんが、ミイナは12日に来ていたのかもしれません。

縁がミイナがよく寝ていた場所をじっと見つめたり、落ち着きなく鳴きながらうろうろしたりとしていたもので。

ヤスはいつも寝てない、ミイナが寝てたところ(↑とは別の場所)に寝ていました。

鯖柄母も着てたのではないだろうかといっていました。

今年のお盆は雲も厚くなく、綺麗な青空も雲の切れ間より見えていました。

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ミイナの「イザ」のときのために、いつも切っていた小指の爪が結構伸びてから切っている自分に気づきました。
爪を切るのはミイナに座薬を投入する際に、腸に傷をつけないようにするためです。
先生もいつも綺麗に短くしています。
なので、ちょっと深爪してましたけど、私も以前は短く切るように気をつけていたんです。

それで、いつも思い出すことはやっぱりミイナのこと。

ミイナはレントゲンだけではなく、CTやMRIを撮ったことは前回お話しましたが、この結果はどの先生も”見たことのない”症例でありました。
本当は同じような症例をもつ猫ちゃんはたくさんいるのだと思います。
ただ、気づかなくそのまま亡くなったり、気づく前に亡くなったりするのではないかと。

そんなミイナは(みんなだけど)、毎日朝夕には体重、おしっこ、うんPの確認はかかせません。
ミイナのおしっこは、(先生もおっしゃっていましたが、フェノバールの影響で)量が多かったです。
ただ、ミイナの場合は尋常ではない量、ヤスや縁はちょっとの違いはあるけれど、猫砂の固まりが両手でおにぎりをつくるぐらいなのに対して、ミイナは・・・そうですね・・・中ジョッキ1杯ぐらいの大きさ×2 です。
そんなミイナちゃんはがんばって水も飲んでくれていました。

いまわかるのは、そんなおしっこの量に慣れてしまった私たち、もっと危機感を持つべきだったんだろうと思います。

そのせいかミイナの体調は、ゲリラ豪雨のごとき変わってしまいます。

なので、強制給餌はいつものこと。


2013 00_00

以外とかわいくありませんか??

本ニャンは、イカってますけどね。(^ー^* )

これはね、赤ちゃん用のよだれ掛けをつけてるんですけど、ミイナは長毛なので食べるときにのどあたりにご飯がこびりついちゃうとその後が大変なので、ティッシュをはさめてるんですヨ。


ほんとはもっと前にブログを更新したかったんですけど、気持ちがね・・・

人間は亡くなると仏になり、動物は無となる。

と、とあるお坊様がおっしゃっていたと伺ったことがあります。

私は不信心ではありますが、それでも、「49日」はあると思っています。

これも親ばかだからなのかもしれませんが、ミイナは47日目、48日目と、カリカリを食べに来てたと思っています。

朝に夕(夜)にと、カリカリを出すと、ヤスと縁はお食事場にはいないのに、カリカリを食べる音が聞こえました。
(空耳と笑って下さい)

それを鯖柄母に話しをすると、彼女も同じような音が聞こえていたそうです。

そして、49日目にはその音はしなくなりました。

いっぱいご飯を食べて、逝ったんだろうと。



鯖柄母は、いまだにこのブログを見ることができません。
もしかしたらこのままずっとなのかもしれません。

鯖柄母にとって、ミイナは「必ず病院から戻ってくるもの」と思っていたそうです。
そりゃね、何度も入院したけど必ず退院できてましたから。

それが看取ってあげれなかったということよりも、ショックが大きかったようなのです。

私は・・・・・・・・・・ひょんなことから感極まることがあり、自分がこんなにも猫バカ、ミイナバカだったんだと感じます。
変ですよね、オヤジなのに。


ヤスと縁。元気いっぱいです。

彼らがいてくれてよかったです。

彼らがいなかったら、鯖柄父母はご飯も食べないし、どうなっていたかわからない状態でした。

ミイナが大好きなヤス。

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今はよく鯖柄父母甘えます。

ミイナはこれを受け止めていたんだなと思うほどです。

ミイナは自分を猫と思っていなかったような感じがしてたのに。


初めの頃はミイナに「シャー」してた縁

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ミイナと一緒に寝たかったんだよね。

長文におつきあいいただきありがとうございます。

今後は、ヤス、縁の元気な姿をおもしろおかしく書いていければと思っています。

今日もヤス、縁は元気いっぱいです。

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脳炎、けいれん、MRI、CT、生命の奇跡

タイトルから、あまりご覧になりたくないことだとは思いますが・・・

今回はかなりきつめですので、そのつもりでお読みください。
















子猫は成猫より生きようとする生命力があると伺いました。

ミイナは鹿児島で結果的には脳炎と診断され、確率の低い中、助かった(助けていただいた)娘です。

そのため、”運の強い子”とみなさんにおっしゃっていただきましたが、その運を使い切らせてしまったのではないかと思う日々が続きました。

わたしがミイナに実際に合う前のことでしたが、その当時のミイナを見ていることができなかった辛さを私のわがままでみなさんに与えてしまったことについては申し訳なく思っております。

鹿児島の先生に確認された飼い主としての覚悟のもとの”選択”は忘れたつもりではなかったのですが、いつしか忘れていたように思います。
・・・・いまでも感謝しております。

ミイナは2009年の4月に東京に連れて来て、しばらくは痙攣は起こりませんでした。
ただ、2010年頃より痙攣の回数が徐々に増えました。2週間で4回以上、多い時には連続して起こすこともありました。
痙攣は脳細胞を壊すそうです。なので回数が増えることは危ない状態になっていということなのだそうです。
薬はフェノバールを与えていましたが、与えることによりミイナの具合が悪くなりました。
フェノバール自体は血中濃度が安定するまで食欲不振になったり、ふらふらしたりとするそうです。

ミイナはそのような”普通の反応”ではありません。
勝手な思いではありますが、ミイナは、自分の体に外部より”何か”が投入されることにより、彼女の内蔵くんたちは拒否を強く出し、外部からの侵入者と戦い、彼女はその戦いに勝つまではじっと耐えているようです。

フェノバールを投薬しても痙攣は止まらず、座薬の投薬(失敗していましたが・・)もがんばりました・・・私が(笑)

そして、診断自体も打つ手はなくなったため、MRIを撮ることとしました。
その時はCTを止めました。値段ではなく小さい体なのでX線は止めたかったのです。
2011年2月2日に撮りました。
そのときも、緊急連絡が入りました。
普通の子と違いなにかおかしいらしく、そのためCTを撮ることの連絡です。

このCTが功を奏したものと今でも思っています。
CTは脳圧が上がった状態では撮れない、脳圧を下げてから撮るそうです。
この脳圧を下げていただいたあとは、一度もけいれんをおこしませんでした。


ミイナのMRIおよびCTの結果は、普通は頭蓋の中に収まっているミイナの脳が、鼻腔に漏れているとのことでした。
もう、大泣きです。この時も病室で猫バカ、いいやミイナばかの夫婦の嗚咽が響いていたことを思えています。
じゃぁ危ないのか?というと、そういうことではなく哺乳類は頭蓋が2重に守られているそうで、ミイナは奇跡的にもそのおかげて、生きていることができていました。

いつ脳が漏れたかは不明であり、脳炎のせいかもしれないし、生まれ持ってこうなっているかもしれないそうです。
でも、ミイナは生まれ持ってこうなっているんだとおもうのです。
と、いうのはミイナの骨髄は1つ足りなかったのです。
もしかしたら、生まれつき骨が普通ではないのではないかと・・・

なので、親猫はミイナの命をあきらめたんだと。
ただ、与圧されているとしても鹿児島から飛行機で無事に連れてこれたことが怖いことだったんだと思ったものでした。

MRI、CTは高額で財布にはかなりの痛手でしたが、早く撮ってればよかったのにと思ったものでした。
撮れる環境にあったことも感謝ですよね。


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ミイナの脳に菌が入る機会を減らすため、先生と相談して予防注射は止めました。
ヤスと縁もやめました。(ヤスの保護主様、ごめんさない)

世には病気の猫ちゃんはたくさんいらっしゃいますが、ミイナは投薬の薬にもいろいろ制限がでるので、使える薬が多いのはうらやましく思ったものでした。
それこそステロイド系が使えればミイナにとってももっと楽だったのかな?・・・私はお医者さんじゃないし、”たられば”ですね。

だけど、フェノバールはほとんどこれ以上減らすと意味のない量にまで減らしましたが、日中家にはだれもいることができないので、やめることができませんでした。
もしかしたら、このせいだったのかもしれませんが・・・今となっては・・ですよね。

猫の牙は強くできているという事ですが、ミイナの向かって下の左牙はありません。
私達が仕事から帰ると血しぶきが部屋中までではありませんが、結構な範囲で床に広がっていました。
ミイナは”ケロ”っとしていましたが、たぶんけいれんを起こしたのしょう。
その時に牙を折って飲み込んでしまったものと思われます。

痙攣を起こしている猫には不用意に触らないほうがいいそうです。
理由は、手を牙が貫通したり、腕や足の肉がえぐられる場合があるそうです。
でも、わたしはいつもタオルでくるんで撫でてあげていました。

それも、2011年2月2日以降はしてませんけどね。


長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

長くなりすぎたようなので、今回はここまでとさせて頂きます。



めっきりさむくなった東京ですが、ちなみにヤスと縁は床暖房が大好きです。

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昨日はミイナがお気に入りの場所に来ていたのかもしれません。

ヤスと縁はじっと見つめていましたから、その場所を。

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ミイナとの出会い

ミイナとの出会いは唐突でした。

鯖柄夫婦は当時の住まいは、横浜の奥(谷を3つぐらい越えたあたり)で、ご多分にもれずペット禁止の住まいでありました。

隣には動物病院があり、そこの受付ワンちゃんや、日曜日に受付にいるでかい猫ちゃんとドア越しに挨拶し、ご近所の猫ちゃんなのですが、路地で車の下に入ってきてたので停まってドアを開けたら車に乗ってくるほどのお人好しのクロちゃんなんかが友達(人間以外の)だったのです。

そして、あと2年ぐらいで猫と暮らせたらと話していたところだったのです。

鯖柄父は猫と暮らしたことがありません。

鯖柄母は猫と暮らしていましたので、鯖柄父にとっては鯖柄母のためにもと、軽〜い感じで考えていたのです。

そんな中、いきなり鯖柄母におねぇさんから「こんな子がうちにいるんだよ〜」って連絡をいただきました(よね)。


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鯖柄父はこの写真をひと目見た時から愛おしくて、たまらなかったのです。

「あと2年ぐらいで」って言ったばかりのことだったので、どうすることもできず、考えられず。

まるで恋をした少女のように(?)(笑)

そして、3日ほど鯖柄母の携帯を借りて、じっと見てはため息を影でついてた・・・と思ったら、見られてたのですね、鯖柄母に。


ウジウジしてた鯖柄父を見かねて鯖柄母は「どうする?言うなら今しかないよ」と言ってくれました。

ミイナは翌週には里親さんを探しはじめる予定だったからです。

鯖柄父は、「いいの?あと2年って言ってたけど」って言ったかと思います。

けれど鯖柄母は「いいよ」って言ってくれたので、”善は急げ”ってことで、半年預かってもらうお願いを含め、うちに来てもらうお願いをしてもらいました。


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”ミイナ”と言う名は、ミイナを見つけてくれた男の子、お姉ちゃんがつけてくれました。

ミイナは雨の中、死にそうな状態を男の子が見つけ、おうちに連れ帰って病院で一命をとりとめました。

この時の写真をミイナを東京に連れてくる際にいただきました。
これは、私の宝物です。ありがとうございます。

写真をみると、病院では小さい体に点滴の管が大きく見え、痛々しさが伝わってきます。

それ以前に、「私だったらこの子を保護しただろうか?」と思えるほど、半死以上の死んでる状態としか思えない状態でした。

その状態から、1枚目の写真になるまで頑張ってくれたんだと思うと、ミイナを見つけてくれた男の子、連れて帰っても文句さえ言わないお母さんに頭が下がります。

本当に、ありがとうございました。

ずっと優しい気持ちを持ち続けてくれたらと嬉しいなぁと勝手ながら思い、ミイナはミイナのままで育てることにしたのです。

このブログをご覧になっていただける方々に写真お見せしたい気持ちもありますが、あまりにもひどい状態のミイナなので止めさせていただきます。

その当時、ミイナを捨てたのは、人なのか親猫なのか疑問を持ちましたが、今ならわかります。
ミイナは親猫から捨てたれた子なんだと。

残酷なことと人間は思うかもしれませんが、親猫は生きていられない子猫を捨て、生き抜いていける子猫を育てるそうです。
ミイナを捨てたのが母猫と思ったのかは、また次の機会にでも。

このあと数ヶ月後からミイナの鹿児島での入院生活が始まり、皆様には辛い思いをさせてしまったことを申し訳なく思います。

ですが、そんな娘でも、私はまったく後悔しておりません。

うちの娘になってくれて、ありがたく思います。今でも。


ミイナにとって一番いい時期は2012年ごろではないかと思います。

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もし戻れるなら、この頃からキドナをあげて栄養満点で育てていたらよかったのではないかとか、少しではありますが猫に対して知識のついた今では思います。

おおきくなって、誰にでも優しく、ウーもシャーも言わないミイナ。

甘えべたなミイナ。

誰にでもフレンドリーなミイナ。

触りたいなぁ。

もっと撫でてあげたいなぁ。

思いはたくさん、たくさんあります。

寂しいですが、一緒に暮らしたのは4年半ですが、思い出はたくさんあります。

鯖柄父母は、19日、20日と、たくさん泣きました。

今は平気です。悲しい涙はでません。

笑顔でミイナ(の遺骨や写真)に「おはよう」「ただいま」と言っています。

今日はここまでですが、まだまだミイナことについて語らせていただきたいことがたくさんあります。

まだまだお付き合いください。

ヤスと縁は元気いっぱいです。



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ミイナは無事に送りだすことができました。ありがとうございます。

今日から、鯖柄父がブログを更新します。

支離滅裂な文章、ただの親ばか文になるとは思いますが、そこは我慢していただけたら嬉しいです。

よろしくおねがいします。

しばらくは、ミイナの思い出に耽りたいと思います。
また、いままでお話できなかったことも出てくるとは思いますが、嘘をついていたわけではなく、心配させたくなかったからなので、察していただけたら嬉しく思います。

ただ、長文になりますので、ご容赦ください。

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こんな天気の良い日の10月11日(金)朝から、ミイナは入院していました。

そして、10月18日(金)のPM16時30頃、息を引き取りました。

病院から鯖柄母に「危ない」との電話があったのが16時21分。

鯖柄母から鯖柄父に電話が16時22分。

そのあと、苦しまずに、ゆっくりと眠るように息が止まったそうです。

毎日、お見舞いに行っていましたので、もしかしたら、もしかしたら、私たちが来ることに安心したのかもしれません。

ミイナのお家で息を引き取らせてあげたかった気持ちはあります。

ですが、治ると信じていました。

絶対元気になると思っていたのです。

ですが3度めの正直で、ミイナは旅立つこととなりました。



病院に着いたのは16時50分。

ミイナの身体はまだ温かかったです。

2人の嗚咽が病院に響いていました。


その夜はミイナを真ん中に3人で寝ました。


19日午前中に病院へお礼の挨拶に行き、午後15時30分〜16時30分で荼毘に付し、無事に送り出すことができました。

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朝は曇っていたのですが、一時的に空に切れ間が出てきてくれました。


病院から綺麗で素敵なお花をいただきました。ありがとうございます。

ただ、写真はご容赦ください。


ミイナは5歳です。絶対に5歳です。
でも火葬して頂いたかたは病院の先生ではありませんが、経験から、
ミイナの骨は9歳の子のものにしか見えないそうで、もともと長生きできない子のようだそうです。
しかも、頭蓋骨は異常に薄くこんなのは初めてなのだそうです。
理由があるのですが、それは今度また。

さらに、足長で小顔だって言われました。
モデルさんみたいかな? だってうちの娘ですからね。
おかげで骨壷は通常より大きなものにその場で変更となりました。


ただ、無事に送り出すことができたと思っていたのですが、たぶん、ミイナが虹の橋に行ったのは21日の朝方かもしれません。

理由は、
1.19日、散歩中の犬がじっと鯖柄父母を見ている。
2.ヤスがミイナが入院してからはミイナを探して騒いでいたのに、戻ってきたから21日の朝までさわがない。
(21日の朝は一生懸命さわいでました。縁も探し始めてわやでしたが。)

きっと、鯖柄父母が泣いてるから気になっていたのではないかと。

ミイナはね、夫婦喧嘩すると必ず仲裁に入る娘だったのです。
いい娘でしょ。
自慢の娘なんです。

ヤスや縁はミイナがいるのが当然なので、いるなら騒ぐ必要はありませんから。


鯖柄父母は2人とも大丈夫です。
ミイナはいい娘で、父ちゃん、母ちゃんが立ち上がれるよう、土曜と日曜の時間をくれたのですから。

悲しさは昨日まで。いっぱい泣きましたから。
はたから見ると変なおやじにしか映らないかもしれませんがね。
でも。今あるのは悲しさではなく、寂しさなんだという事に気づいたら、気が楽になりました。

私は「虹の橋」の作者に感謝します。
まだ涙が出そうになるけれど、笑って話すことができると思います。

だって、ミイナが待ってるし。
ただね、ミイナは一人で待ってないのです。
鯖柄母のミミ姐、鯖柄父のポチャ叔父(犬ですが)と一緒に、遊びながら待っていると思います。

ミイナは私にとつて、ファーストキャットですが、それだけではなく、特別な娘なんです。
おかげで猫バカになってしまいましたが。
変なおやじかもしれませんが、それでいいのです。

今日はここまで。
今度は、ミイナが、ほんとはどんな猫なのか、思い出に耽りたいと思います。
もしかしたら、鹿児島の先生はすでに気づいていたのかもしれませんけど。
以前頂いたお言葉、ありがとうございました。
気落ちだけでも送らせてください。

たくさんの方々につないでもらった命ですが、20年は無理でした。
本当にありがとうございました。

あ、ヤスと縁は元気です。
2にゃンも大丈夫です。

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